「緑の大地」 |
---|
緑の大地 その1 ― 七虎力開拓団跡と高杉久治さん ― |
---|
七虎力開拓団跡と高杉久治 |
---|
「自分さがし」― 七虎力開拓団跡と高杉久治さん ―
バスの窓からパノラマに広がる風景は、地平線まで広がる「緑の大地」であった。とうもろこし 畑と大豆畑や向日葵がパッチワークのように織り重なって続く。
高杉久治さんの目が輝く。昨夜、佳木斯(チャムス)で奥さんの妹さん家族がホテルへ訪ねて きた。花束を受け取り、一緒に食事をされた。その頃から高杉さんの硬かった表情が明るくなり、 笑顔で話すようになった。
七虎力(ひちこりき)開拓団は、図佳線の閻家(エンジャ)の近くにあった。一山越えると、 「緑の大地」が広がる。遠くに低い山と七虎力河が見える。道路は60年前と同じのようであった。 数日前の雨で道はぬかるみバスは本部があった場所の手前でUターンしなければならなかった。
「しかたがない。行っても開拓団当時の建物は残っていません。ただ地名として、美作と水田と いう言葉だけが今でもこの地に残っています」と、高杉さんは語った。
中国残留日本人孤児の帰国事業が始まった1981(昭和56)年、高杉さんは両親に一目会いたい
気持ちが高まった。七虎力開拓団跡地を隅々まで歩いて、当時開拓団で下働きをしていた人に
会ったという。
「自分は誰なのか」
「何という名前なのか」
高杉さんの「自分さがし」が始まったのである。