| ■ リボルバー・ストーリー ■ |
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このリボルバー・ストーリーは、床井雅美 先生が書かれた『現代軍用ピストル図鑑』より一部抜粋して記述したものです。 ピストルの中でも、リボルバーの歴史はオートマチック・ピストルと比べて古いのは、ご存知だと思う。リボルバーの登場以前は、弾を一発ずつ詰め込み、発射する、ごく簡単な仕組みであった。俗に言う火縄銃の原理だ。そこで、連射製の優れたピストル、すなわちリボルバーが登場する。 リボルバーの誕生 薬莢式弾薬が開発された時期は、ちょうど、安全にかつ操作性よく連発できるピストルが開発された時期と重なっている。言い換えると、薬莢式弾薬の発明が、操作性の良い連発式ピストルの開発を加速したのだった。 ハンマーで強打すると発火し、弾薬を発射する火薬に安定した点火をおこなえる雷管の発明は、パーカッション式の銃器を可能にした。同時に、雷管を利用した連発式の銃器のリボルバーの発明につながった。レンコン状をした複数のチャンバー(薬室)を備え、自動的に回転するシリンダーを装備させたリボルバーは、アメリカのサミュエル・コルトが発明したとされている。 パーカッション式リボルバーは、アメリカの南北戦争で多用された。連発式を達成したものの、弾丸と連射薬をシリンダー前方からばらばらに装填する必要があり、戦場で再装填することは手間がかかりすぎて、良好な操作性とはいえなかった。 操作性の良いリボルバーは、1861年に完成された初の薬莢式の弾薬を使用するS&WモデルNo.1リボルバーからといわれる。しかし、S&WモデルNo.1リボルバーで使用された弾薬は、薬莢の強度がともなわず、威力の低い.22(5.6mm)という小さな口径を達成するのがやっとだった。そのため威力の点で、旧世代のパーカッション式リボルバーに及ばなかった。 この時期のヨーロッパも事情はにたりよったりで、紙薬莢式の針打式リボルバーがドライゼなどによって製作されたが、後方へのガス漏れを防ぐことが難しく、安全性が確保できなかった。ピン・ファイアーと呼ばれる初期の金属薬莢式の弾薬も、ヨーロッパで開発されたが、構造上やはり威力がともなわなかった。 黒色火薬を装填した大口径のセンター・ファイアー金属薬莢式弾薬が完成されて、アメリカで1873年に有名なコルト・モデル1873シングル・アクション・アーミー・リボルバーが完成された。コルト・モデル1873シングル・アクション・アーミー・リボルバーは、.45(11.43mm)の大口径の弾丸を装備させ、威力も充分にあり、軍用として多くの国で使用された。 同じ時期、大口径リボルバーがアメリカやヨーロッパで、さまざまな形式で開発され、多数製造されて軍用ピストルとして採用された。1880年代は、軍用リボルバーの最盛期だった。一体型でがんじょうなソリッド・フレーム、弾薬の装填が素早くおこなえる中折れ式、ソリッド・フレームでシリンダーを簡単に開くことができるスウィング・アウト・シリンダー式などさまざまな形式のリボルバーが開発されて製造された。 初期のリボルバーが大口径だったのは、発射薬に黒色火薬を使用するからだった。黒色火薬は弾丸の初速が遅く、充分な威力を得るために、弾丸を重く大口径にする必要があった。 リボルバーは複数のチャンバーをもつレンコン状のシリンダーを備えてあるため、まず弾薬を小型で威力のあるものにしないと、リボルバーそのものを小型にすることが難しかった。 金属薬莢式弾薬を小型化できたのは、発射薬として黒色火薬に代わり無煙火薬が使用されるようになったためである。無煙火薬を発射薬を使用すると、弾丸の初速を速くすることができ、小型で小口径の弾丸でも威力を得ることが可能になった。また、弾薬を小型化しても威力が得られるところから、軍用リボルバーも小型に設計することが可能になった。 しかし、リボルバーを小型にするには、回転するシリンダーを備えるという構造上の大きな制約がついてまわった。 リボルバーの現状 歴史的には、スミス&ウエッソン社やコルト社が、しのぎをけずって名銃を世に送り出した。現在、軍用ピストルはリボルバー・ピストルからオートマチック・ピストルへと取って代わったが、老舗のS&W社やコルト社のみならず、トーラス社・ルガー社などの新興銃器メーカーもリボルバーを発売している。軍用としては、お役ゴメンになったリボルバーも民間の護身用や、警察用としては今だ現役だ。現に日本の警察官もニューナンブM60というリボルバーを使用している。 |
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