| 1日目 8月17日(土) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 福岡 15:30発 CA954 大連経由 所要時間 4時間45分 時差−1時間 北京 19:15着 (宿泊ホテル) 国際飯店 北京市建国門内大街 9号 |
岡山発11:12 のぞみ5号 博多着13:00 7-9A 地下鉄利用 13:30団体受付、荷物確認 2階特別待合室 ワールド航空所長挨拶、自己紹介 ツアー参加者14名+添乗1名 ワールドのツアーに30回参加という強者も 14:30出国手続き、免税店でチップ用のタバコ購入 15:00 5番ゲートに変更、搭乗 、21H ほぼ満席、離陸遅れ16:09、日本食弁当とスーパードライ 17:40大連着 眼下に鉄道(旧満鉄?)、 旧式のミグ戦闘機 28℃ 免税店でロイヤルゼリー錠剤30元 18:40大連発 朝鮮人乗客多し コーヒー 19:40北京着 31℃ 湿度高く蒸し暑い 荷物を受け取り駐車場へ 20:30(19:30)空港発 高速道路 方舟酒家 朝陽区麦干店街4号楼 ナマコ、ニューメン、アンマン他 エアコン効かずサウナなみ 20:45レストラン発 来る度にネオンの増える北京の夜 21:10国際飯店着 1409号室 ツインに1人有難い 両替20000円=1498.37元 1元=13.35円 |
| 2日目 8月18日(日) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 午前 故宮博物院・天安門 広場 北京 14:40発 8102便 ウルムチ 19:00着 (宿泊ホテル) ホリデイ・イン ウルムチ市新華北路 168号 |
6:43モーニングコール 濃霧 エアコン効き過ぎ夜半に切る 少々身体怠し、テレビより流れる中国国歌、荷物をドアの外へ7:00朝食(1階ローズ・カフェ) 8:20北京観光(ガイド−張さん、ウイグル族のクーリーさん) 天安門広場〜故宮 4年振りの故宮、観光客増え、「静かに観賞」無理に 11:35故宮発 中山公園内(来今軒)昼食 溥儀の書に魅せられ購入 (真筆と言うが、多分コピー。記念に。) 12:50北京空港に向かう 日曜のため車の流れはよい 13:35空港着 大変な混雑 地図15元 ゲ-ト変更14→19 14:40バスにて駐機場 新彊航空公司のチャーターしたバイカル航空機 くたびれた機体、不安 離発着機多く、離陸まで20分ほど 待機。搭乗記念品の扇子とカセット配布 15:30離陸 マンゴージュース ランチ(インゲン、ニンジン、鶏肉煮込み) スナック(煮こごり状のハムとキューリの漬け物) 江崎夫妻と学区制のことなど盛り上がる 白雲の絨毯上 を滑るように飛ぶ搭乗機 17:30やっと地表が、玉門あたり か、褐色の大地「再見」 異常気象の影響か雲多し 18時 過ぎ、山頂に雪を頂いた山塊、祁連山脈の一部か。乗客の ざわめき。2、3の山塊の後には恐竜の背を思わす岩山が 散在する砂漠に。耕地も人家もない。積乱雲に揺られ、眼 下を見ると、オアシスが。間もなく着陸態勢に。 19時ウルムチ着 荷物の受け取りまで僅か25分 19:30空港発 20:00ホリデイ・インに隣接したレストラン 夕食(珍しいものはないが、辛い干し肉と唐辛子の炒め物、 デザートはハミウリとブドウ) 21:00ホテル 1508号室 窓より夕焼けに黒いシルエットの紅山公園 21:15〜23:00散策 店の大半はすでに閉まり、露店のみ賑わい シシカバブーの臭い、ハミウリ、スイカ、古本屋。アーリア系の顔つきをし た人々。扁平な桃見つけ買う。6個3.3元。なかなか旨し。 帰途、道迷うが、直ぐ気付き大事なし。 |
| 3日目 8月19日(月) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 出発までウルムチの市内観光、自治区博物館、紅山公園、バザール等 ウルムチ 18:50発 5739便 カシュガル 20:50着 (宿泊ホテル) 色満賓館 カシュガル市色満路 |
7:32日の出 8時気温18℃、湿度60%(部屋の窓際)肌寒い 各自朝食 9:30荷物ドアの外 10:30発 紅山公園 観覧車に乗る11:30まで 11:40〜12:40新彊ウイグル自治区博物館 ローラン、ハミ、ニヤ、チェルチェン、トルファン等から出土した見事な文物に圧倒 される。ローラン等で発掘されたミイラ、11体が展示された部屋 では、複雑な気持ちに。2500年〜4000年前「後世に、自 分の遺骸が博物館で曝されることになる」と思っていた人 はいないだろう。3800年を経てなお愛らしさを残す幼女に 感動。5年前に訪れたアスターナ古墓出土品もここに。副葬品の 傭に唐代の生活を偲ぶ。 13:50華僑賓館14階(博物館から20分)昼食(昨夜と同じよう なメニュー新彊ビールを一番搾りで割る) テンシャンの名峰、雪を頂いたボゴダ峰眺望 ウルムチは建設ラッシュ、高層ビルが増え、日干しレンガの建物が取 り壊されている。5年前に見られた馬車やトラクターの姿なし。 15:10〜16:10天池路のバザール 干しぶどう1s20元、干し杏500g10元、シシカバ2串2元、 リンゴ2個・ナシ2個8元 バザールは楽しい 道路も片側3車線の広い道が縦横に整備、しかし、マナー の悪さもあり、あちこち渋滞。歩行者のマナー特に悪い。 交差点の対策肝要。空港まで1時間。空港前の有料トイレ2角 17:10空港着 ハミウリ10元、山口の長老、購入し早速切り分ける。甘く、シャ リシャリとした歯触り。旨い。 出発便は2便にかかわらず何故か混雑。 18:10搭乗 エア・ボルガ機25F 18:53離陸 白雲上をひたすら飛ぶ 記念品は扇子 サンザシのジュース、ビスケット、コーヒーのサービス 20:50カシュガル着 マイクロバスでホテルへ ホテル・レストランで夕食 22:30家に電話(テレカ50元)、Tシャツ4枚100元 洗濯、23:50就寝 |
| 4日目 8月20日(火) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 終日、カシュガルの市内観光。香妃墓、エイティガール清真寺、職人街、民族幼稚園等。 (宿泊ホテル) 色満賓館 カシュガル市色満路 カシュガル郊外ポプラ並木 香妃墓前で |
8:00モーニングコール 8:30〜9:10朝食 9:30発 ポプラ並木で写真ストップ 香妃墓、本日一番のツアー、間もなく3、4団体つづく 5年振りの再訪、96年3月150q先を震源とする地震の被 害受け、修理中。足場が組まれ、タイルに覆われた外観見れ ず。正式名はアパク・ホージャ墓廟。1640年建立。一族72人の墓。 乾隆帝に嫁ぎ北京で亡くなった香妃の墓もその一つ。蒲鉾型(揺りかごを摸している)の大小の墓。男性の墓に比べ、女性 の墓は小さい。墓の周りを回り手で撫でると、子宝に恵まれ、 病気が治癒すると、参拝する人が多い。隣接するモスク、墓 地も見る。カメラ2元、ビデオ100元、観光客から執拗に金を取 る国だ。 11:00〜11:50バザール アーモンド1s40元、サフラン8元 エイティガールから徒歩5分、民族幼稚園に 園児の民族歌舞観賞。愛らしいが、ショー化され、作り物のような仕草に、後ろめたさを感じる。 13:30ホテル敷地内レストランで昼食 葉書4枚書き、30分余り昼寝 16:00〜17:30職人街、エイティガール清真寺 西域らしさを最も残す職人街。ありとあらゆるものが全て 手作り。見ているだけで楽しくなる。お馴染みの楽器工房で、 タンバリンを買う(190元)。一回りして、元カシュガル市長(8年前 逝去)宅訪問。ウイグルの生活を垣間見るプラン。建物の内部を拝 見。ナン、クッキー、スモモ、スイカなどいただく。 18:35ホテル ホテル周辺散策(楽器店、ナン屋など) 20:00夕食 羊の丸焼き ローラン・ワインにビール(明日からしばらくア ルコール抜き) 売店に並べられたアンティーク (アンティーク風に造られた新しいものがほとんど) 嗅ぎタバコ入れと仏像を記念に 家に電話、相手の声すれどこちらの声届かず |
| 5日目 8月21日(水) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| カシュガル 10:00発 専用バス カラクリ湖 タシュクルガン 19:00着 (宿泊ホテル) 巴米爾賓館 新彊ウイグル自治区 タシュクルガン |
7:45起床 荷造り 8:30モーニングコールのノック 9:00〜9:30朝食 朝粥にオカカのフリカケ 10:00発 高山病予防にミネラルウォーター(5元)用意 カシュガル郊外、キズル川付近水田卓越 ウパール(地震多発)にてスイカ、パンなど仕入れる 個人では梨3元、メロン2元 今朝の雨で至るところ道路上に流れ 左手ガイズ川、緩斜面馬、牛、ロバ放牧 ガイズ手前、エンジン調整し、水没した路上突破。 ガイズ検問所、揚げパン(2元)を売っている キルギス族が多い キャラバンサライ跡 山間にさしかかるや、片付けられていない土石が道を覆う。 土石流の跡。ブルトーザもあるが主力は人海戦術。14:20〜45 まで、立ち往生。風が冷たい。 ブルンクル湖が眺望できる場所で停車。路端で埃まみれの木彫 りを売る数人の男。風強し。風化、風成の砂山。雪山。 キルギス族遊牧民のパオを訪ねる。そうそう同じ場所で5年前 にも。観光客が頻繁に立ち寄るらしく、すっかり観光ズレ。 16:00カラクリ湖着 ここも観光化の波に 湖岸に放牧されていたヤ クの姿なし。観光用ラクダとパオ・ロッジ。 湖岸のレストランで昼食 コングル峰にムスタグアタの雄姿。再訪実感。 カラクリ湖からスバシ峠に向かう谷底平野でヤクと再会。 スバシ峠(4100m)で写真ストップ。眺望よし。ムスタグアタがい つまでも望める。 海抜3300m、検問所あり。ここからタジク族が多くなると。 19:00タシュクルガン着 110号室 (シーア派) 19:45〜20:45石頭城址へ タジクの少女が山羊を追う。見晴らしのよい城址。 21:00〜21:30夕食 夕食後、ホテル周辺散歩 ぬるま湯しか出ないと言われていたが、熱い湯が。湯船 に浸かり、さっぱり。 売店の切手、ボラれるので注意。 |
| 6日目 8月22日(木) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| タシュクルガン 10:00発 専用バス クンジュラブ峠を越え パキスタンへ フンザ 19:50(16:50) 時差−3時間 (宿泊ホテル) フンザ・ビュー・ホテル KARIMABAD, HUNZA,PKS |
8:20窓際11℃、45% 8:30モーニングコール 9:00朝食 10:00発ホテルから5分、紅其拉甫口岸で出国手続き 形式的に荷物を各自持つ、25分程で終了 11:10タシュクルガン川を渡る。広大な谷底平野。タジク族の民家点在。 11:50アフガニスタンとの分岐点。3600m。 はるか後方にムスタグアタ、前方にヒンズークシの山々。ここはパミ ール。 12:30ピラリ検問所(以前はここで出国手続き) パンフ配布、警察官1人国境まで同乗 13:30クンジュラブ峠(4943m)中パ国境に立つ 14:20〜15:00フンザ川上流の河原でランチ、凍えるような冷た い水、黒い砂、アザミの花に高山蝶。海抜3800m。オニギリ、キュウ リ、水。充分満足。気温26℃、湿度12%。 15:25D検問所 16:10(13:10)フスト着 パキスタン入国事務所 パキスタンのバスに乗り換え。エアコン効くが、小型マイクロで窮屈に。 15:10バトゥーラ氷河の末端、パスー村、パスー氷河末端と 4月に氷河の一部がカラコルム・ハイウェー上に崩落したとか ラベンターに似た紫の花や黄色の花が 16:30アルチット城崖下、フンザ川河原にある線刻画を見る 16:50フンザ・ビュー・ホテル着 107号室 急斜面によくぞこれだけの集落を 高山病の症状か、悪寒と頭痛。洗濯し、ベッドで横に。 売店の絵葉書1枚20ルピー、フンザ帽250ルピー高い。バザール で買おう。 19:304階レストランで夕食(バイキング、リンゴ、ライス、ジャガイモ等少し) 20:00部屋に戻り、頓服を飲む。1,2時間おきに目が覚めるが 悪寒と頭痛は解消。 |
| 7日目 8月23日(金) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 終日フンザ 午前、ジープでナガル村ホパー氷河の見学。フンザの人々の生活を見る。 午後、バルチット城、アルチット城、バザール散策。 (宿泊ホテル) フンザ・ビュー・ホテル KARIMABAD, HUNZA,PKS |
4時頃から何度も目覚める。意識して寝る努力。 5:45ベランダ、屋上に。フンザの夜明けを待つ。雲多く、日の出見られず。高 峻な岩山だらけの奥地にかくも緑豊かな土地が。桃源郷と称されるのも 理解できる。今度は下痢気味。頭を洗い、湯浴びする。 7:00ノックでモーニングコール 7:30朝食 9:00発 ジープ4台でナガル村に向かう。 フンザ川対岸で土砂崩れや落石が。迂回しながら通り抜ける。 ナガル川沿いの道も狭く、デコボコ、石ころだらけ。 杏の木が多い。黄色な実がまだ残っている。平屋根の上は、干し杏の 絨毯。 ナガル村を抜け、ホッパー氷河に。 杏、リンゴ、胡桃、大麦、ジャガイモ。畑の周りには大麻草。 杏売りの子。ジープに群がる子どもは口々「ペン、タバコ」。 10:30〜11:15ホッパー・ヒルトン・インよりホッパー氷河とウルタル峰展望。 群がる若者、注意。勝手に案内を買って出、後でガイド料請求。相手 にしないこと。水晶やガーネット、ラピスなどを売りつけようとする者もい る。 12:20ホテル 13:00昼食(ヌードル・スープ、ピラフ、ポテト、ネクタリン等) 食後、ミール(藩王)が建てているラカポシ・ビュー・ホテルまで登る。ゲストハウスや ホテル乱立。フンザ帽100ルピーだった。牧草はアルファルファ。 14:30発 ジープでアルチット城へ 900年以上の歴史を持ち、50年前まで使用。入口の彫刻された胡桃の 柱。石と木を組み合わせた壁。吹き抜けのある屋上。隣接する集落を 屋上から撮影するのは禁止とか。いつも観光客の好奇の視線にさらさ れていれば、ノーと言いたくなる。プライバシーの侵害だ。 バルチット城は修理中。カリーマーバード男子高校から写真を撮る。 帰途は、徒歩で。バザールで買い物。骨董屋や土産物屋、帽子屋など覗 く。真鍮製の小さな壷やカセット・テープなど買う。 18:30ホテル 湯浴び 19:30夕食(スープ、ピラフ、ナス、マトン、チキン、チャパティ、リンゴ等 ラッキョウ提供) 出たフンザ・パーニー(桑とブドウの密造酒)禁酒政策下で今や貴重品 |
| 8日目 8月24日(土) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| フンザ 8:10発 専用バス 午前、フンザ川沿いに カラコルム・ハイウェーを南下、 北部州の中心地ギル ギットへ。 ギルギット観光、カルガ の磨崖仏、バザール。 ギルギット川とインダス川 合流点。 チラス 18:20着 (宿泊ホテル) シャングリラ・ミッドウェイ・ハウス K.K.H CHILAS PAKISTAN |
3:20起床 4:00〜6:50ジープ3台に分乗し、アルチット城背後の岩山に。日の出 と朝焼けに染まる雪山を拝みに。谷川を走っているような 悪路。真っ暗闇の山道。車を止め、薄明るくなるまで待機。 シンシンと冷え込む。見事な眺望と7000m級の山並みに満 足。斜面の土地利用(リンゴ、大麦、ジャガイモ、アルファルファ)。 7:00朝食 8:10発 アリーアバード(フンザの行政の中心、警察署やカレッジの所在 地) 8:30崖下でガーネットを探す ノウマル付近(ユーラシア・プレートとインド・プレートの衝突部) 12:00ギルギット着 リンゴ5個10ルピー 旅行社でトイレ休憩 ジープ4台に分乗し、カルガの磨崖仏見学。カルガの谷はチラスへ の近道。大きな岩壁の中程に、素朴な仏陀が彫られている。 6世紀頃チベット人が彫ったと言う。灌漑用水を流れる澄んだ 水。 サダルバザールに寄り、PTDCモーテルのレストランへ。昼食。 14:30発 ギルギット付近、駐屯地。 15:30インダス川とギルギット川の合流点。あわせてカラコルム、ヒマラヤ、ヒン ズークシの接点。 16:40インダス川に架かる橋を渡る。右岸から左岸に。間もなく、 道路際の崖を流れ落ちる温泉あり。しだいに河岸の乾燥化 進む。山頂付近のみ職制り。 18:00チラスの岩絵側を通過 18:20シャングリラ・ミッドウェイ・ハウス着 14号室 19:30夕食 Tシャツ3枚11ドル、ガーネツトのネックレス20ドル 顔面、日焼け。埃のせいかかぶれたようにザラザラ。 21:10就寝 |
| 9日目 8月25日(日) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| チラス 6:35発 専用バス サイドシャリフ 19:35着 (宿泊ホテル) スワート・セレナ・ホテル SAIDU SHARIF SWAT, PAKISTAN |
4:45起床、5時ノックによるモーニングコール 5:30朝食 葉書、レセプションに依頼 インダスの対岸、岩山より日の出 6:35発 ガソリンスタンドに寄る(ガソリン17ルピー、軽油8ルピー)。 チラスから25分、ナンガ・パルバット(8126m)が見える最終 地点で停車すれど、雲中で姿なし。川沿いに丸太や角 材の集積場点在。支流域の植生豊かなことを示す。上 流で製材しトラツクで運び出しているらしい。政府の許可 が出ればパンジャブの市場に搬出するとか。 815〜8:35サーティアール 吊り橋のたもと、仏塔等の線刻画が残る岩 絵を見る。ここにも角材の山。 池田さん、車内で茶を入れてくださる。 トイレ休憩。ミニスイカ切る。日本のODAで造られた吊り橋 の手前、落石あり、ブルトーザ。 10:15 インダスに注ぐ小さな支流沿いの茶店でチャイを飲む。 ダッスとコミラは賑やかなバザール。 11:25 アーチ橋を渡る。川幅が狭まり、道は川面より2、300m。 目もくらむ高さ。インド・プレートとユーラシア・プレートの衝突面。 ベジャムのPTDCレストランで昼食(街はずれ、インダスの畔)。 停電のため、室内は暑いが、戸外は涼しい。インダスで水浴 びする子ども。シーツを河原に干している。20ドル両替、700 ルピー。ガイドブットとカセットを買う。 15:05発 シャンギラの谷に入るや緑の世界。松の大木多く、水田も 出現。民家の屋根も平屋根から片流れや寄せ棟に。シャンギ ラ峠の手前の茶店で休憩。土地の人とのふれ合いは楽しい。 18時、やっと2100mの峠を越える。峠を下ると、耕地 は梨、スモモ、タバコ、トウモロコシ、イネ。ポワザヘラで日没。スワートの 夕暮れ。 19:35スワート・セレナ・ホテル着 由緒ありそうな古いホテル。大英帝国時代を思わせる建物。 確か以前にこのようなホテルに。思い出した、20年ばかり 前、クエッタで泊まったホテル。もしかすると姉妹ホテル。庭で民 族音楽演奏。草花の匂い。月明かり。なんとなくロマンティック。 20:00夕食 湯船のある風呂。熱いお湯も出た。満足。 |
| 10日目 8月26日(月) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 午前、サイドシャリフ観光。 ブトカラ遺跡、スワート博 物館、ミンゴーラのバザ ール等。 サイドシャリフ 13:45発 専用バス ペシャワール 19:30着 (宿泊ホテル) パール・コンチネンタル・ホテル KHYBER ROAD P.O.BOX197, PESHAWAR |
5:00モーニングコール 5:30〜朝食 8:50〜9:50ブトカラ遺跡 メインのストゥーパはアショカ王が建立? 4回の改修、拡張によって大ストゥーパに。最初はBC3世紀。 50年前、イタリア発掘。狛犬のようなライオン像。215基の小ストゥーパ。 中央アジアからの民族移動、洪水によって荒廃。 10:00〜10:40スワート博物館 ブトカラの出土品やスワート各地の出土品、パターン人の民俗資料。 10:50〜11:50ミンゴーラのバザール ベスト3着、クッションカバー1セット50ドル、帽子4ドル、グァバ5個10ルピー ホテルに戻り、チェックアウト 12:30昼食(添乗員、ソバを準備、デザートに果物) 13:15セレナ・ホテル発 スワート川沿いの豊かな平野。25分ほどでガーリガイの磨崖仏。 道端にあり、上半身はかなり損傷。石段を上ったところにも小さな 石仏(傷みが激しい)。それよりトイレなみの酷い臭い。しかし、ここ から見るスワートの田園風景は見事。 ガーリガイから1.5q、シャンカルダール・ストゥーパに寄る。道から200m。高さ 27.4m、直径12.8m。3世紀頃の建立。玄奘三蔵の「大唐西域記」に も記載されているウッタラセーナ・ストゥーパ。 900m余りの峠を越えるとガンダーラの平野。沿道に柿の木。マラカンド、ダ ルガイなどいくつかの町、バザール。茶店休憩。ハッシシを吸引する人を見か ける。フセインの写真。ペプシ缶20ルピー、ミネラル30ルピー。 17:00〜18:00タフティ・バーイの山岳仏教寺院跡。 1〜7世紀に建立。寺院、僧院。仏塔は基壇のみだが、祠堂などの 遺構が残る。破壊が少なく、仏教最盛期のガンダーラの様子、思い描く。 日は傾いたとはいえ、日陰の少ない岩山を登るのは堪える。展望も最 高。バス発車間もなく、メモ帳を置き忘れたとYさん。引き返す。無 事発見。みんな拍手。タフティ・バイのバザールを抜け、30分余りのドライブイン でトイレ休憩。ガンダーラの日没。トウモロコシやサトウキビ畑多い。やたら墓地が。 墓地は公園兼放牧場。 19:30パール・コンチネンタル・ホテル着 ご苦労様。お疲れ様。 132号室 20:00夕食 豪華版(果物もオレンジ、マンゴー、グァバ、杏、バナナなど) ノンアルコール・ビール80ルピー。両替40ドル1460ルピー。家に電話。アフガンの経 営する売店のぞく。5階バーでマリー・ビール1本90ルピー。手数料30ルピー。 |
| 11日目 8月27日(火) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 終日ペシャワール 午前、ペシャワール市内観光。ペシャワール博物館、バザール等 午後、郊外のアフガン難民キャンプ。 (宿泊ホテル) パール・コンチネンタル・ホテル KHYBER ROAD P.O.BOX197, PESHAWAR |
7:00起床 7:30モーニングコール 8:10朝食 9:10〜10:45プールサイドにて、元ペシャワール大学教授サライ氏によるガン ダーラについてのレクチャー。 11:15〜12:15ペシャワール博物館(サライ氏案内) 25年振り。館内が 明るくなり、展示品も観賞しやすくなった。写真撮影25ルピ ー。 バザール、昔のまま。ショットガンや拳銃を携帯したパターンの 姿なし。キャラバンサライの3階から礼拝の始まったモハバットハーン・モス クを見下ろす。バザールの喧噪は心地よい。貴金属店の並ぶ路 地を抜け、フォート前のナズ・シネマ通りに。 14:00ホテル 昼食 ホテル内のショップ「カブール・ハウス・カーペット」でアフガンの 古いナイフ買う。東京から来たという一人旅の学生。 1500〜16:30バスで、郊外のアフガン難民キャンプに。車内より。 日干しレンガの家。一般の民家と変わらず。一見、市街地が 拡大。密輸バザールも存在とか。ペシャワル・カントン駅、本当に懐か しい。構内で時刻表を見る。カラチまでAC寝台1799ルピー。エ コノミーだと350ルピー。1日10往復の列車が発着。 ホテルに戻り、一人バザールに出かける。ホテルの従業員に出会 いシャルアルカミーズ(日常彼らの着ている服)を買う交渉を頼む。 わずか2ドル。一緒にチャイ。バザールではあちこちから声がか かり、写真撮影を頼まれる。またまたチャイをごちそうに。 18:45ホテル 入浴 19:30夕食(中華料理) 20:40〜22:10 5階のバーでビール。 |
| 12日目 8月28日(水) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| ペシャワール 8:00発 専用バス タキシラ観光 イスラマバード 15:50着 (宿泊ホテル) パール・コンチネンタル・ホテル THE MALL P.O.BOX211, RAWALPINDI |
6:25起床 6:30モーニングコール 7:00朝食(1階レストラン・マルコポーロにて、 バイキング。ダル、チキンカレー、ナン、揚げチャパティ、フルーツ、ジュース) 8:10発、アジアハイウェー(GTロード)を東進。途中、片側2車線に工 事。水、金、日は市の立つ日だとか。各地で青空市。 9:30カブール川とインダス川の合流点。青白色のインダスと黒ずんだ灰 色のカブール川が。「朱に交われば赤くなる」同様「濁りに交 われば濁りとなる」。カブール川の流れにてを浸す。懐かしき アフガン、懐かしきカブール。アトック城を右手に、インダスを渡る。橋 は有料(20ルピー)?青空市は遊園地。遊具にうれしそうな 子どもの姿。 10:00カムラにてトイレストップ。ミネラル20ルピー。町の境界で通行税10ルピ ー。 10:50タキシラ着 11:00〜12:00タキシラ博物館 ここも25年振り。懐かしさが先に。 12:00〜13:00タキシラPTDCモーテル・レストランで昼食 13:15〜14:00ジョーリアーンの仏教寺院跡。緑が増え見違えるように。 マンゴでかぶれ、火照る顔で片山さんと登った在りし日を思 う。あの時はコインや仏頭を忍ばせた物売りが。今もまた。た だ明らかに模造品。 14:15〜15:00シルカップ(ギリシア様式の計画都市)遺跡もっとゆっ くり見たい遺跡。 15:50ペシャワルと同じ、パール・コンチネンタル・ホテル着 330号室 16:30〜17:45ラワールピンジの中心バザールへ。スチールの弁当缶を290ル ピーで。 18:50家にTEL。山本昌子先生ご長男ご逝去の悲しい知らせ。 19:30夕食 ホテルでT/C両替20ドル696ルピー。 |
| 13日目 8月29日(木) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 午前、イスラマバード市内見学。ファイサル・モスク、シャッカール・パリアン公園等 イスラマバード 15:40発 PK369便 カラチ 17:20着 夕食 カラチ 22:00発 CA946便 機中泊 |
6:30ノックによるモーニングコールで起床 7:001階マルコポーロで朝食 8:00発 イスラマバード サウジ・アラビアのファイサル国王来訪時、金曜礼拝のモスクがないこと を知り、5000万ドル提供し建設したファイサル・モスクへ。国教をイス ラム教とするパキスタン。一日9時、1時、3時、5時、8時に 礼拝。イスマイル派は1日3回9時、5時、8時。女性も一緒。 高級住宅地(E.P地区)、首相官邸、大統領官邸、最高裁、 日本大使館など市内を巡回し、シャッカール・パリアン公園に。見覚 えがあるが、あまりの変わりよう。確かにこの丘から、建 設途上の首都と人工湖を見た。マンゴージュース10ルピーで喉を潤 す。ガイドのサラフィディさんに25年前の写真送る約束を。 11:50ホテル 電話代精算470ルピー。マルコポーロで昼食。残金340ルピー で栓抜きとネックレス買う。 13:10発 イスラマバード空港、二重三重のチェック。警備厳重。バ ッテリーや乾電池は全て抜き、トランクへ。待合室、混雑。バスで駐 機場へ。すぐ搭乗。B747、35K。昨日はトラブルで、離陸が夜 中の12時過ぎになったそうだ。 15:40無事、離陸。粗末なスナックと紅茶サービス。 17:20カラチ着 25年は余りに長い空白。空港もきれいに。 18:15〜50カラチ街中の中華料理店「香港」にて夕食(スープと焼き そば旨い) デザートを食べる暇もなく空港に。カラチ市内もすっかり垢抜 けて。露店もない。 国際線のためか、出国手続きやチェック、比較的楽。27 番ゲートで40分。免税店で、ウールのカーペット55ドル。 21:55搭乗開始 B767、16CDE(3席独り占め) 22:10離陸 燕京ビール、チッキン・焼きそば、ジャスミン茶 |
| 14日目 8月30日(金) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 北京 7:30着 北京で一日フリー (宿泊ホテル) 国際飯店 北京市建国門内大街 9号 |
3席占有できたため3時間余り、眠ることできる。 6:00(パキスタン3:00)朝食サービスの機内放送。食欲なし。バナナ、パ ン、フライドチキン、茶。ほとんど残す。 7:10北京着、霧、再入国の手続き 8:00空港を出るが迎えなし。20分余り待つ。張さん、渋滞し遅 れたと、新彊からはクーリーさんのかわりにドルジさん。高速道 路を走り、9時前、ホテル着。しかし、ホテルの準備なし。待合 室で居眠りしていると池田さんが「抹茶」を。おいしい。 やっと、部屋の準備。1819号室。シャワーを浴びようとすれど、 荷物届かず。着替えの下着を売店で。 11:00〜12:00仮眠 12:15日壇公園のレストランで昼食。一度ホテルに戻り、三井さんとタクシ ーで清の夏の離宮イーホーユアンに。タクシー100元、入園料35元(中 国人は2元)。西太后のお気に入りという宮殿。アヘン戦争 で一度焼失。1800年代に再建された建物多し。昆明湖岸 に楼閣。清華軒の2階でお茶。25元。 東宮門前でタクシーを拾い、ホテル経由で王府井へ。デパートなど 一回り。17:40デパート前でリンタク。ホテルまで10元。 18:00バスでアジア大会会場近くのレストラン。お別れ夕食会。宮廷料理。 ペキンダツクも登場。ブドウ酒と紹興酒に酔う。 21:00〜22:30夜の北京、散策 |
| 15日目 8月31日(土 ) | |
| ツアー日程 | 旅 の 記 録 |
| 北京 8:35発 CA953便 大連経由 福岡 14:20着 |
予定50分余りより遅れ、9:25離陸。大連10:17着、1時間余り待合室で。11:20発。福岡12:50(日本時間13:50)着。解散。 15:20発 のぞみ21号 17:08岡山着 無事、2週間の長旅終える。 |
| サライ先生 元ペシャワル大学教授、ペシャワル博物館館長 過去4回来日(政府招待、NHKガンダーラ展、上智大) 主要著書「仏陀ストーリー」「タフティバイ」「忘れた都市ガンダーラ」「ペシャワル博物館」 ガンダーラは古い名称(ペシャワルの谷のこと、即ち、スワート、デイ、マラカンド等。ジャララ バード、タキシラを含む。サンスクリット語で「よい香りの土地」の意) 古都@クシュカラバティ=チャールサダ Aペシャパプール=ペシャワル Bハン=インダス(マ ルタン地方) リグベーダ(高品質のウールの産地) アケメニアのイーア(アケメニア王朝の7番目に大きな都市) BC327年、アレキサンダー遠征後200年間ギリシア人の支配下 (インドギリシア人、バクトリアギリシア人、ガンダーラギリシア人) この間37人のギリシア人の王と3人の女王(コインに残る。ギリシア文字、カロシュティ文字使 用) サルティス・ニカトラ将軍をチャンドラグプタ(アショカ王の祖父)が破る 匈奴による支配下の時代もあった ギリシア時代→シティアン→バルティア→2Cクシャン(中国北西部)5番目の王、ペシャワルを 首都→5Cフン族(中央アジア)→仏教寺院破壊→ガンダーラ地方の仏教衰退、弱体化→11C初イスラム教、ガズニ朝の支配下 マウリア王朝の一部、アショカ王の時代に仏教(小乗仏教) カニシカ王の時代に大乗仏教が伝わり、中心に スワート地方ではバジャラーナ(金剛)仏教→タントラ仏教(密教)→チベット仏教 ガンダーラ美術(近代になってつけられた名称) BC1世紀〜AD8世紀(約900年間) 仏陀−大乗仏教(仏陀自身を神と考えられるようになった) 仏像よりストゥーパが先に 手のひらをかざし立っている姿は、祝福や保護を表し、手のひらを上にしている座像は瞑想 を表している。地面を触っているポーズや印を結んでいるポーズ、法輪を回しているのは説 法のポーズ。 菩薩信仰はガンダーラで始まる 弥勒、観音、阿弥陀、文殊など ハリーティー(鬼子母神)夫(金剛力士) ガンダーラ美術は宗教美術 スワート、マラカンドでは緑泥片岩などに、漆喰、粘土(テラコツタ)、ブロンズも利用。レ リーフが多い。 タフティバイ、20〜30フィートの仏像。ストゥーパの周囲にはレリーフ。人々がその周りを 回るとき、仏教の教えを。 仏像は、金属製の釘で留められていた。正面は丁寧に造られているが背後は雑。 |
| レリーフの代表的な内容は、仏陀の生涯 ガンダーラで重視され、東アジアに伝播 ガンダーラではストゥーパを飾る (インドでは僧院重視、サンチでは鳥居をレリーフで飾っている。内容もジャータカ物 語(シャカの前世、550話)が多く描かれている) ストゥーパ(仏塔) ガンダーラでは基礎を築く→中国・東南アジア(パゴダ) インドでは地面からドームを 仏陀を表すシンボル @蓮の花(出生−歩んだ足跡) A菩提樹(悟り) B法輪(2匹の鹿、鹿野苑) Cスト ゥーパ(釈迦の死のシンボル) Dその他(ターバン、サンダル、手、足など)…初期には 人間の姿で描かれない 仏陀が人の姿で描かれるのはガンダーラが最初 ギリシア人…仏陀=神…ギリシアの神と同格…太陽神アポロに似せた 仏陀の死後500年に作成? インドのマトウラでもかなり古くから仏像が造られているが、インド人の姿 (教授−最古の仏像との説もあるが、ガンダーラが古い立場をとる) ガンダーラは西に開いた地、ギリシア風、ローマ風の仏像に特色 シルクロード上に位置し、多様な文化の影響を受けた(ゾロアスター教の火の祭壇、中国の 龍) インドのサンチ(豊穣のシンボル、ヤクシーが描かれている) バルー寺院(彫り込みが浅い。木に彫り込んだようなもの) マトゥーラの仏像(赤色砂岩、目を見開いた悪魔のようで、仏教美術の美しさ感じられぬ) インド南部(仏像を非常に高く造る。表現方法は余りよくない) グプタ朝のもの(女性的。若い女性のよう) ガンダーラ(鬼子母神以外は、身体のサイズ均整とれている) ガンダーラ シルクロード交易によって町が豊か。有力者、寺院に寄進。結果、芸術開花した。ムガー ルのサージャハンがタージマハルを建造したように。 しかし、カニシカ王時代を境に、後継者弱体。ササン朝の拡大と共に衰退。 最初石で造られていた仏像も、漆喰に変わる。 しだいに、アフガン、インドが中心に。 ガンダーラは衰退したが、仏教を信じる地域に伝わった。最終地点こそ、「火のぼる国日 本」で花開いた。 |
| [物価]1ドル=36.5ルピー 羊肉1s=80ルピー、鶏肉1s=60ルピー、牛肉1s=50ルピー 魚1s=30〜40ルピー、卵1個=2ルピー、はがき12ルピー ミネラルウォーター20ルピー |