| インド・キンノール巡礼の旅 |
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| 1997年8月12日(火) デリーからシムラへ |
時差ボケと言うことでもないと思うが夜中に何度も目が覚める。天井にぶら下がった大きなファンとうるさいエアコンの音が原因だったのかも知れない。4時半頃トイレに行ったが、水が流れっぱなしになり、気になり、これまた眠れない原因の一つに。5時半頃になってやっと寝付き、気が付くと7時25分。7時半から一階レストランで朝食の約束。
慌てて駆けつけると、すでにAさんと今回の旅行の参加者、東京のKさん、神奈川のRさんは席についておられた。
簡単な自己紹介。お二人とも頻繁に海外旅行をなされている方で、いかにも旅慣れた様子。Kさんは昨年カイラスまで行かれたとか。
朝食はトースト、コーヒー、オレンジジュース。
最近、デリー、カルカッタ、ムンバイ(ボンベイ)のホテルの料金が高騰しており、デリーでは日本より高くなっているとか。そのため手軽な料金(一泊45$ほどらしい)で、しかも一等地にあるジャンパスホテルが日本の旅行社によく利用されているらしい。
残念ながら設備も従業員の質も今一つ。私の部屋の前の通路には犬の糞があり、出発時まで片づけられる様子はなかった。
9時にロビーに移動。マイクロバスでデリー空港(国内線)に向かう。
インド、パキスタンは昔から搭乗者に対するボディチェックが厳しい。爆弾テロやハイジャックの防止のためと考えればやむおえないことだが。あらかじめカメラ等の電池を抜いていたので問題はなかったが、うっかり、ベストの胸ポケットに入れていたラジオをトランクに移すのを忘れていた。案の定、金属探知器に発見されたが、X線に透されただけで取り上げられることはなかった。
IC485便はB737型機、かなりの年代物(?)、機内の傷みも少し気になる。座席のカバーの汚れ・綻び、何より蜘蛛の巣には驚いた。数席前の天井からエアマスクが下りてきて戻らなかったり、トランクの蓋が開いたりと。
夏、避暑地に向かう飛行機にしては、空席が目立ち、中央部分はすべて空いていた。
デリーからチャンディガルまでは僅かの飛行時間、11時15分に離陸した飛行機はガンジスからインダスの流域の平原を眼下に見ながら飛ぶこと約30分で、パンジャブ州の州都チャンディガルChandigarhの空港に着陸した。
滑走路の横には迷彩を施した格納庫が幾つもある。パキスタンとの国境に近い、この空港は、インド空軍の基地としても使われているのか。
空港の建物は小さく、待合室もこじんまりとしている。私達が、滑走路の方から歩いて建物の中に入ると、全員入ったことを確認し、警官(兵士?)が大きな鍵をガチャリとかける。
空港には、シムラの旅行社のマイクロバスが迎えに来ていた。ガイドのPさんは日本語が大変上手である。弟さんは北海道大学に留学されているそうである。
チャンディガルからシムラまで車で4時間から5時間かかるとのこと。
チャンディガルは旧パンジャブ州がパンジャブ、ヒマーチャル・プラデッシュ、ハリヤーナの3つの州に分割された後、パンジャブとハリヤーナ両州の州都になった都市で、計画的に造られた政治都市。ニューデリーと同様、放射環状路と直交路を組み合わせた整然とした都市。デリーなどとともに政府直轄地の一つになっている。
インドでは公用語が4年前から18になったそうだ。授業では未だ14と教えているのに。
道路縁に屋台の果物屋が多い。バナナ、マンゴ、リンゴ、ナシ、オレンジ、パパイヤなど。緑色の一見カボスのようなオレンジ、ガイドに聞くと甘くておいしいとのこと。早速車を止めてもらい買い求める。一個が7、8円ほど。なるほど酸味が少なくさっぱりとした、文旦に近い味のオレンジだった。
道はパンジャブの平原地帯からしだいに緑豊かな山道に変わる。前方のV字谷にロープウェーが架けられている。少し通り過ぎてから、「休憩しよう。」とロープウェーの発着場兼レストランに戻る。清潔そうな建物。
マサラ・チャイ(生姜入りミルクティ)を注文。13時から40分ほど休む。
ロープウエーの手前の町、カルカKalkaからシムラShimlaへは、道路とほぼ並行に登山鉄道が走っており、マッチ箱のような車両がコトコトと登っていた。カルカからシムラまで6時間ほどかかるそうだ。
ソランSolan(1440メートル)のホテルで昼食を摂ろうと立ち寄るが、ランチタイムを過ぎていたため準備してもらえなかった。昼食は抜きにして、少しでも早くシムラにと言うことで一致。
ソランはミネラルの多い良い水が得られるため、英領時代からウイスキーなどが生産されており、現在も醸造業が盛んだそうだ。そういえば一本14ルピーで買ったミネラルウォーターもソラン産であった。
ガイドがバナナを買い、今野さんが日本より持参のタラチーズを取り出す。
山道にかかってから道端のあちこちにサルの群が出没。ニホンザルに似た種類と毛が白くて長く、顔が黒い種類がいる。後者がヒンズーの神の中に出てくるサルのモデルらしい。
海抜1000メートルを超えると、マツ科の木が増える。リュウゼツランやサボテンの仲間も多い。雨季とはいえ緑豊かな土地。 かなり急勾配の斜面に山頂まで民家が点在する。高温で干ばつの多い低地より過ごし易いとは思うが、この斜面を上り下りする事を考えると厳しい。
海抜2000メートルほどの山頂が平らに削り取られ、白っぽく見えたのはシムラ空港。大型機の離着陸は難しいが、チャンディガルから車でくることを考えれば便利。
16時半、シムラに着く。
私の想像していたシムラのイメージは、高原か盆地状の地形に発達した計画的な保養都市であった。しかし、それは全く違っていた。海抜2200メートル余りの尾根筋を中心に谷に向かう急斜面に階段状に建物が配置され、山全体が一つの都市になっていた。ヒマラヤスギの大木が、あちこちに残り、派手な彩色の建物と妙にマッチしている。
今晩のホテルはこのシムラでも最も由緒あるオベロイ・クラークス・ホテルOberoi Clarke's Hotel。
木造4階建、白亜の洋館風。傾斜面に建てられているため、玄関・フロント・ロビーは3階にある。最初40号室のキーを頂き、4階の南東角の部屋に案内される。広い寝室に、清潔なバス・トイレ、クローゼットと小さな机の置かれた小部屋、さらにドアを開けると絨毯を敷いたかなり広い控えの間がある豪華でしかも落ち着いた部屋。小部屋の窓から覗くと目の前の電線に十羽余りの小鳥が並んでいた。おもしろいので写真を撮っていると、「私の部屋の方が見晴らしがよいので交換しましょう。」とAさんがやって来る。
確かに、25号室は南西方向に向いた寝室の広い窓からの眺望がよい。しかし、道を挟んだ向かいにビルが建てられており、日中は工事の騒音、そして折角の眺望の一部を台無しにしている。
5時40分頃から7時頃まで、モール(バザール)へ出かける。
ホテルの前を通る人の動きに乗って坂道を上っていくと、狭い路地に沿って両側に間口一間余りの店が延々と続くモールに入っていた。狭い路地は通勤帰りの人も含め大変な混雑。一つ一つの店舗は小さく、商品の数も少ないが、店舗の数の多さに圧倒される。生鮮食料品から衣料、家電、仏具に至るまで雑多のものが売られている。衣料品の値段は、日本の1/5以下。
パパイヤ1個(25ルピー)、パジャマ風の服上下(375ルピー)、ベスト(90ルピー)、チベット人の経営する店で山珊瑚のペンダント(850ルピー)、ベスト(250ルピー)購入。
日没、7時過ぎ。
フロントで150$(TC)両替。1$35.20ルピー。50ルピー札の100枚束を出され、驚く。最高額紙幣として500ルピーがあるのだが。しかし、実際は少額紙幣の方が使いやすい。ホテルの前の店でミネラルウォーター、1本12ルピー。
8時から10時まで夕食。25号室の隣がレストランになっていた。
ビール、ぶどう酒(赤)
料理[豆のタル、チキンカレー、フィッシュカレー、チャパティ、煎餅、サラダ(人参、大根、キュウリ、タマネギ、トマト)等]
旅の話、盛り上がる。
部屋に戻り、手紙を書き、入浴。11時、就寝。