インド・キンノール巡礼の旅
1997年8月14日(木) サラハンへ


  5時半、起床。テント内の整理。僅かなミネラルウォーターで歯を磨き、顔を洗う。テント近くの大木にサルの群がやって来て騒々しい。レストハウスの犬が3匹、サルを追いかけたり、じゃれつきあってそれに拍車をかける。

 晴れ間は出ているが、昨日のことを考えると安心できない。

 コックも起きだし、朝食とランチ(ランチは朝準備する)の仕込みに入る。石油バーナーの音が響く。

 レストハウスの周辺を散策。リュウゼツラン、ウチワサボテンなどが多く、サバナの植生。庭木にはセンダンの木や柑橘類が目立つ。昨日の雨のせいか、眼下を流れるサトレジ川は水量を増し、濁流となり、谷底の舟形の民家(藁屋根、泥造りの納屋?)を飲み込まんばかり激流と化していた。ヤツガシラやウグイスの仲間と思われる小鳥が群れ、百日草の花には色とりどりの蝶が集まっている、それらを見ているだけでも気持ちが休まる。

 7時、Wさんがモーニングティをテントまで運んでくる。

 8時より朝食、テント前に食器入れのテーブルとハウスで借りたイスを並べるが、日差しが強く、センダンの木の陰に移動。野菜入り雑炊、バナナ入りながし焼き、卵焼き。

 朝食後、テントをたたみ、荷造り。

 9時、レストハウスを発つ。順調に進めるかと思っていたのもつかの間。昨日引き返した地点から僅かに進んだところで、立ち往生した車の列に。これらの車の側を抜け、7、800メートル進んだところで、土砂崩れのため通行止めに。20人余りの男がつるはしとスコップで除去作業をやっているがとても今日中に終わりそうにない。急遽折り返し運転をはじめたバスの乗客は徒歩で超えているが。私たちはそうもいかない。

 11時過ぎ、シャベルカーがやって来る。どうにか見通しがつく。

 炎天下で待つこと5時間。幸いランチ(ジャガイモ、チャパティ、バナナ等)はコックが準備しており、水もジュースも、Rさん持参の果物(洋梨)などもあり、飢えることはなかったが。14時45分、やっと土砂崩れの現場を通過。しかし、5時間のロスタイム。今日も予定を大きく変更。

 15時5分、ノグリNogli通過。昨日、サトレジの支流ノグリ川の氾濫により、一部の民家崩壊・浸水。Nさんの話によると7名の死者が出たとのこと。道路上にかなりの土砂堆積。崩壊した建物の掘り起こし、撤去作業をしていた。

 15時20分、ランプルRampur(924メートル)着。かつての藩王国、バシャール王国の冬の都。1919年に建立された王宮が残っている。王宮を囲む塀沿いにブーゲンビリアと夾竹桃の赤やピンクの花が満開。

 昨日は、ランプルでも、町中を流れるサトレジ川の増水で、対岸を結ぶ吊り橋が沈んでしまったとか。

王宮の前はバス停になっており、売店でミネラルウォーター(13ルピー)を買い、別の店でペプシを一本(8ルピー)飲む。大変な人混み。

 ランプル〜ジェオリJeoriではダムの建設工事が進められている(Jhakhri Project)。 作業員の仮設住宅が河岸の急斜面に立ち並び、異様な光景。

 ジェオリ(1381メートル)はサラハンの登り口。ガソリンスタンドにより給油。

 ジェオリからサラハンSarahan(1920メートル)は屈曲し、道幅も狭い急な坂道。その坂道で軍のトラックが事故を起こしていた。

 坂道を上るに連れ両側にリンゴの木。ここもまたリンゴの産地として知られている。

 17時30分、サラハンのロッジに。管理人居らず、SHさんとNさんが宿泊できるところを探しに行く。谷川沿いに大麻が群落をつくっている。若者が一人、大麻の葉を揉んでいた。

 少女が一人洗濯をしていた用水にはクレソーが生えていた。

 間もなく、宿泊場所を探しに行っていたNさん等が戻ってくる。「良いレストハウスが見つかった。」と。

 何と本日の目的地、ビーマカリー寺院Bhimakaliのレストハウスが使えるとのこと。

 門前町のような集落の狭い通りを抜けると、車が数台駐車できるほどの広場があり、子どもが10人余り、バドミントンに興じていた。ここで、車を降り、城塞のような寺院の中庭に入る。細かい木彫りを壁面いっぱいに施した木造のヒンズー寺院の向かって左側の建物がレストハウスになっている。外観は寺院と同じ建物に見えるが、レストハウスは最近建てられたもの。ダブルベッドの置かれた広い部屋に、トイレ・シャワーつき。トイレの水の流れは悪いが、清潔な部屋は有り難い。早速、洗濯。ハンガーにランニングやパンツを吊し、部屋の真ん中のシャンデリア(と言うほど豪華ではないが)に架ける。

 ベランダに出ると、寺院の境内は当然として、サトレジの谷を挟んで対岸の山々まで見渡せ、なかなかの絶景。コックは境内の一角の建物の中で、夕食の準備を始めた。ゴーゴーという石油バーナーの音が響く。最初は境内での、しかも建物の中での料理は駄目だと言われていたが、許可が出たらしい。木造の歴史的建築物だけに、境内での火の扱いは、管理されてしかるべきこと。Wさんが部屋にチャイを運んでくる。

 夕食は8時過ぎ、すっかり暗くなって境内の祭壇(?)で。スタッフの「ノープロプラム」という言葉を信じながらも、なんとなく罰当たりなこと。この祭壇用途は分からないが、もしかしたら火葬壇だったかも。とにかく手を合わせ許しを乞うて、食事を始める。焼きそば、チキンカレー、ダル、ミックス野菜煮込み、デザートはリンゴ。この様な場所でよくもこんなにと感心する。カレーやダルは辛さが押さえられており、上品な味。ウィスキーを持ち出し、水割りを楽しむ。2000メートル近いサラハンの夜の空気は、やや肌寒いが、星空のもとでの夕食は、リラックスし、気がつくと10時。

 部屋に戻って、シャワーを浴びる。湯は出るものの、量が少なく、寒くて、ゆっくり、のんびりどころではない。早々に切り上げ、ウィスキーを一杯、一気に飲み干す。すぐに寝袋にもぐり込む。酔いが急速に回る。そのまま寝込む。夜中に、静けさを破る太鼓の音と、大声、その内ラッパを鳴らしながらのざわめきに、何度も目覚める。