インド・キンノール巡礼の旅
1997年8月18日(月) スピティのゴンパを巡る


 夜中、かなり冷え込んだ。足下から寒気が入ってくるようで熟睡できず。朝6時半、テント内の気温10℃、湿度75%。湿度が高いのは河原のせい。テントの外に出ると、吐く息が白くなった。

 起床時間の7時、いつも通りWさんがチャイを運んでくる。

 8時、スープに始まる朝食。仕事とはいえ、朝早くから手の込んだ食事作りには頭が下がる。

 8時半、コックのSWさんはテントに残留し、8人はスピティの寺院巡りに。

 出発直後、今朝、テント近くでタンクに水を汲んでいたトラックが立ち往生し、せっかく汲んだ水を道路上に放出しているのに出くわす。道路の真ん中に停まっているため前に進めず20分余り待たされる。道幅が狭いために故障車があると20分、30分は動けない。

スピティの中心集落、カザの町の入口で給油。ドライバーのSHさんがポリタンクに入れたオイル(もしかしたらバーナー用の灯油だったのかも知れない)を持って戻ってくる。チルーが数頭道路上をうろついている。

 町の広場に舞台が設けられ、色とりどりの旗で飾り付けがされている。後で聞いたところによると、この近辺の商人たちの祭りとか。地区の代表が舞台で踊ったり、歌ったりするということだから演芸会のようなことが行われるのか。

 カザから先、タボTaboまで(約45キロ)は舗装された部分がかなりあり、工事中の所も多い。カザまでの道に比べ快適。しかし、それでも平均時速は20キロ弱。

 河岸段丘上に点在する集落の周辺の畑は大麦、エンドウ豆、ジャガイモが作付けされている。畑の隅につくられた真ん中に棒をたてた円形状の広場は牛を使って脱穀する場所か。

 11時過ぎ、タボに着く。ここのゴンパは平地にあり、岩山や山の急斜面のゴンパを見てきた者には、第一印象として物足りなさを感じる。

 1960年代に建立された新ゴンパで、若いラマ僧より説明を受ける。じりじりと焼け付くような直射日光を避け、ゴンパに入るとひんやりと涼しい。古いゴンパと異なり、窓が広く取っているためか本堂内も明るい。文殊菩薩にダライラマの肖像写真。壁には大小のタンカが下げられている。写真撮影も可。祭壇に10ルピー紙幣を供え、タンカを撮らせてもらう。

 ゴンパに隣接して僧院があり、少年僧が物珍しそうに顔を出している。

 土塀に囲まれた旧ゴンパはまるで泥の家。外見は日干し煉瓦を積み重ねその表面を泥の壁土で覆った代物。

 しかし、仏殿に一歩足を踏み入れるや内部の壁画や塑像の見事さに驚嘆する。古色の出た壁画は、全く素人の個人的な印象だが、文化革命による破壊を受け、修復によって色鮮やかに復元されたチベット(ラサ)の寺院のものと比らべ格段に上。案内の僧の懐中電灯の光の中に、天井までぎっしり描かれた曼陀羅や仏像が浮かび出る。

 仁王像のある小部屋の壁画の中の人物が纏った着衣がまるで中世ヨーロッパで描かれたイコンの像が羽織っているようなもの。まさかキリスト教と接点があるとは思えないが、仏像にはガンダーラ仏似たものもあり興味深い。996年に創建され、1000年の歴史を持つ由緒あるゴンパだけに道路が整備されシムラやマナリからの便がよくなればどっと観光客が押し寄せるのではなかろうか。旧ゴンパの内部は写真撮影が禁じられており、やむ終えず100ルピーの絵はがきと壁画の案内書を買う。

 ランチタイムになり、仏殿のみ拝観し、昼食。いつも通りレストハウスでチャイを注文し、コックが朝準備したチャパティやジャガイモ、パック入りマンゴジュースなど頂く。アメリカ人らしい髭をたくわえた中年の男性が一人隣席でビールを飲んでいる。タボが海抜3050メートル。少し低くなったとはいえ元気がよい。

 食後、仏殿以外の建物の内部を拝観。数人連れのフランス人の一行と一緒になる。フランスやドイツではタボ・ゴンパのことはよく知られているらしく(ドイツ語で書かれた本も出版されている)、スピティに入ってくる旅行者にはフランス人とドイツ人が多いとのこと。

チベットの寺院の壁画や塑像に多い男女神交合の抱妃像が少ないのもここの特色か。

 境内にはいくつものチョルテンが建てられ、その周りにはマニ石が山と積まれている。 背後の山の斜面にいくつもの横穴が残っている。バーミャンの僧坊を思い出す。

ゴンパのレストハウス清潔で宿泊可能。次回来ることがあればゴンパに泊まりゆっくり時間をかけて拝観したいもの。

 14時過ぎ、タボを離れ、カザの方向に戻る。

 スピティ川右岸の距離にしてわずか7キロ余り急斜面の道を上ること40分余り、突然岩山に魔物でも住んでいるような異様な建物の群が現れた。ダンカール・ゴンパDankar Gompaだ。

 かつてスピティの中心だった場所。また何でこの様な場所にと思われるような懸崖の地。今にも崩れ落ちそうな狭い道でトラックターと対向。ゴンパ周辺のでは10数人の男女が道路工事をしていた。少年の案内でゴンパに。日干し煉瓦や石を積み上げた建物と建物の間は急な階段で結ばれている。中空になった建物が、周囲に仏殿、経殿、祭殿などが配置されたゴンパの中心になる本殿であった。祭りに使う仮面なども収納されていた。若いラマ僧が一人おり、1人50ルピーの拝観料を取る。但し、内部の撮影もよいとのこと。手すりのないベランダに出ると、下は目もくらむ断崖。眺望はよいが、高所恐怖症の者には薦められない。屋上にも上がってみる。背後の岩山はまるでトルコのカッパドキア同様。尖塔状の奇岩があり、人を寄せ付けないような荒々しさ。2時間余り滞在し、17時頃ダンカールを離れる。日が少し西に傾き、逆光の中にゴンパの姿を見ながら下る。

 途中、バスの故障で足止めをくっていたタボのレストハウスの職員夫婦をカザまで同乗させ、18時40分、夕闇迫るカザに。辺境の地とは思えないほど人が多い。

 カザで買い物をする一台を残し、キャンプ地に戻る。私たちのテントから50メートルのところに新たなテント群が。ジープ6、7台のグループ(後にフランス人のジープトレッキングの一行と分かる)。

 20時、夕食。コックの料理が口に合うため、持参した、インスタント食品や梅干し、ラッキョウといったようなものを食べるときがほとんどなく、かえってじゃまになる始末。今晩は少し消費しようと雑炊を温めたり、糊や梅干しを出すが食べきれず。コックの作ったカレーや肉の煮込み料理を堪能する。肉が少々堅いのが難。

 ガイドからの明日の予定では7時に出発し、なるべく明るいうちにマナリまで戻ると言うことであったが、折角ここまで来たのだから、「キー・ゴンパが見たい」と言うRさんとKさん、「アンモナイトの化石の出る所が見たい」と言う私の希望を聞き入れ、5時起床、SRさんの車でRさん・Kさん・ガイドのNさんがキー・ゴンパへ、私とAさんはSHさんの車で化石拾いに行くことに決定。マナリへの出発は8時とすることになった。

 今晩も快晴。満月に周りの山稜がくっきりと浮き上がり、幻想的な空間に。

 昨夜の反省から、足下に衣類やバスタオルを詰め込んだシュラフにもぐり込む。