| チベットの旅 |
|---|
| 1995年8月18日(金) 高地砂漠を抜けゴルムドへ |
6時40分、起床。昨晩に比べ万全とはいえないものの気分も良く、朝食も摂れた。
夜中に起きたときの心臓の鼓動の早さ、昨晩の症状、どうも高山病のようだ。少し風邪気味の上に 昨日3000メートルを越えるところで他人以上に動き回ったのが悪かったか。
出発前に賓館の周辺を歩いてみる。荒漠としたところ。南には雪を抱くゴーラ山の山並み(4300〜 5000メートル)、北には青海南山の山並み。その間の東西60キロ、南北50キロほどの盆地がチャカ。 その盆地の底が湖になっている。乾燥地に位置した内陸湖であるチャカ塩湖はその名の通り塩分の濃 いい湖。湖岸では製塩が行われている。昨夜一泊した賓館も塩廠賓館である。賓館の周辺の建物も多 分塩廠に関係したものであろう。
製塩を行っているところまでは行けなかったが、建物の向こうに大きな塩の山があり、その一端を 垣間見ることはできた。
湖岸に近い賓館から一度公路に出て今日の目的地ゴルムドに向かう。
チャカの盆地からはモンゴル族の居住地域。放牧されているのは乾燥に強いラクダや羊が中心。テ ントもドーム状のモンゴル・パオに変わる。
10時30分、ドゥラン(都蘭)のバザールに寄る。あまり大きなバザールではないが地方の生活の一 端を窺うには丁度よい。5、6軒並んだ果物屋でナシとリンゴを4個ずつ買う(6元)。雑貨、小間物な ど扱う露店とともに、ミシン一台の仕立屋や靴の修繕屋、床屋、さらには道の真ん中に陣取った玉突 き屋など雑多な商売が成り立つバザール。今剥ぎ取ったばかりの羊の毛皮を道に並べている者もいる。 バザールの入口になる交差点の角に新華書店があり、青海省の地図を求める。5元は安い。ちなみにミ ネラルウォーターが一本5元だった。
ドゥランはかつてシルクロードの幹線である河西回廊とは別に、青海湖をまわってツァイダム盆地 を経て西域南道に抜ける青海南道が通っていたという。10年ほど前に、ドゥランのオアシスの源、チャ ハンウス川の上流で古代吐蕃王国の王墓が発見された。今回は素通りしてしまったが、歴史的にも重 要な場所。
11時30分、シャンリド(香日徳)着。西来順飯荘にて昼食。
羊の水煮(手抓羊肉)とヤクの出汁の麺を生ニンニクを囓りながら食べる。生ニンニクの辛さが食 欲を増す。蓋付きの茶碗の隙間から啜りながら飲む八宝茶ははじめて。中身はタン茶、ナツメ、竜眼、 レイシ、クコ、干しブドウ、クルミ、氷砂糖。少し癖のある茶ではあるが、乾燥した高山地域には適 した飲み物とかで、青海省やチベット自治区では広く飲用されている。交易所のトイレの汚いこと、 人工的なトイレより天然トイレ(?)の方が気持ちがよい。所内の草むらには紋白蝶の仲間が群れて いた。
シャンリド(香日徳)は内陸河川ツァイダム川の支流シャンリド川の灌漑により開かれたオアシス。 ド・ルさんは中国一の小麦産地と言っていたが、多分単位面積あたりの収穫量が多いということだろ う。海抜3100メートルの乾燥地ながら雪解け水の豊かなシァイダム川が肥沃な土地を提供している。 また、シャンリドはこの先のヌムホ(諾木洪)などとともに流刑囚によって開かれたところと聞く。 あまりにも過酷で隔絶された土地のため逃亡する者もなく、監視も楽だったとか。現在でもツァイダ ム川の流域には収容所があるそうで公路沿いに検問所が設けられ刑務官が常駐している。
河川沿いの緑と対称的に植生はますます乏しくなり、岩山に砂漠の茶褐色が支配的になる。シャン リドのオアシスを望む丘の上で停車。砂に覆われた丘とオアシスの緑の違いに水の偉大さを今更なが らみる思い。
シャンリドから40キロ余り、脱土山の手前の峠でトイレ休憩。荒漠とした風景が展開し、地平線の 果てまで赤茶けた世界。まるで写真で見る月の表面のよう。しかし、乏しいながらも沙棘(ラクダ草) や野生のネギなどが疎らに生え、獣道(羊か山羊の放牧によってつけられた道)が植生の間に網状に ついている。沙棘には赤い実がついており、口に入れてみると甘酸っぱい味がした。
脱土山からはほぼ平坦な道が砂礫の砂漠を走っている。
左手(南)には2、3キロ先に岩山があり、その山並みが、右手(北)には地平線まで砂漠が延々と 続く。こんもりと疎らに生える草はザック(中国語では棕々)とか。また、小さな丘を造っているの は砂柳。砂柳の丘は地下森林と言われ、長い年月の間に風によって運ばれた砂が根元に積もり、丘の 中は古い幹や根が詰まっている。これが砂漠の民にとって貴重な燃料になってきた(近年では政府が 保護しており、掘り出すことは禁じられている)。
17時、ゴルムド(格爾木)の町は蜃気楼と小さな竜巻が数本上る砂丘の彼方に忽然とあらわれた。 まず地平線上あらわれたのは製油所のフレアー・スタックの炎だった。青蔵高原開発の拠点として、 青蔵鉄道の終点として、新中国成立後建設されたゴルムドは、人口12万人、石油と製塩の町。ツァイ ダム盆地の南端、海抜2800メートルあまりのところに位置し、本来モンゴル系遊牧民の土地(ゴルム ドとはモンゴル語で川の多いところの意)。
17時25分、街の中心、クンルン路に面したゴルムド賓館着。 18時30分から夕食。テーブルにはビールとともに砂漠に自生する沙棘の実のジュースが並ぶ。高山 病が気がかりな者にアルコールは禁物。野菜炒めやスープ、デザートのスイカなど12品ほどが積まれ るがあまり食が進まない。
食後、クンルン路を散策。賓館から徒歩10分ほどでゴルムド集貿市場(バザール)。色とりどりの 衣類や雑貨、食料品などの露店が並ぶゴルムド一の繁華街。西日の強い日没前(日没8時10分頃)のバ ザールをのんびりと見て回る。帰りにハミウリを2個購入(8元)。ロビーの売店にて八宝茶5個(一個 2元)、ゴルムドの写真集70元、地図2元、ミネラルウォーター2本(8元)、絵はがき5元。はがきの送 料2.3元。
明日はいよいよこの旅のメイン、青蔵高原に。高山病に注意、注意。 トイレの水の流れの悪さ気になりながら床につく。持病の右目奥の痛みあり、寝付かれず。夜中、 3時30分に頓服を服用。