インド・ヒマラヤの2回のジープトレッキングでお世話になったマナリのドライバー、シェルさんが21世紀を迎える直前、12月30日、ロータンパス途上の凍結した道路でスリップ事故を起こし、ジープとともに500メートルも転落、同乗者共々亡くなられた。
97年には6日間、99年には4日間、彼の運転するジープに乗り、ロータンパスも4度越えた。慎重で、安全運転に徹し、親切で、誠実な応対に、安心して全てをおまかせできるドライバーだった。
97年の土石流ではまだローンの残っているジープを失い落胆しながらも、病室から車まで私を背負ってくれたのも彼だった。
99年、「風来坊」で再会し、手を握りあってよろこんでくれたのも彼だった。
彼のジープはいまだ行方不明だが、もう一台の掘り出されたジープの中に残っていた書類の中から泥まみれの私の証明写真を見つけ保管してくれていたのも彼だった。
99年には土石流の現場に、そしてバララチャ峠まで彼と二人の旅だった。帰途、ゴンドラの実家で、ホットミルクをご馳走になり、彼のお母さんや弟さん家族とお会いした。また、マナリでは彼の家にお邪魔し、奥さんにもお会いした。お茶をよばれ、家内には奥さんが手編みされた毛糸のソックスをお土産にいただいた。
すべてつい先日のことのようで、彼が亡くなったということが未だに信じられない。今年(2001年夏)、彼の車で、レーに行く約束をしていたが、それも果たせないまま、彼は旅立ってしまった。
今はただ彼のご冥福を祈るばかり。合掌。
※8月、彼との約束を果たすべく、レー〜マナリ〜デリーロードを走破した。その途中、シェルさんのゴンドラの実家を訪ね、ご両親にお会いした。2年前の写真を渡し、お悔やみを申し上げることができた。ロータンパスでは事故現場と深い谷底に今も残るジープの残骸を見てきた。500メ-トル転落したとの話は少し誇張されてはいたが、少なくとも150メートルはあった。同乗者3人、シェルさんを含む4人が即死。マナリのドライバー仲間誰もが彼の死を悼んでいた。