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瀬戸内美術館 2014年3月 久米先生のことを想うと、ほぼ私の個展の歴史です。 いろんなお話もさせていただきました。 ク−ルだけれど、少女の面も持たれた素敵な女性でした。 晩年、ご体調を崩されてからは、画家としての気迫みたいのものを感じました。 絵は先生にとっての「たったひとつ」だったんだろうなあと思います。 初めてお逢いしたときに 「あなた、私のようにならないでよ」 とおっしゃったあの言葉、どういう意味だったのか、時にふっと思います。 そして、おこがましいですが、くしくも、同じような人生を歩くようになり30年近く経ちました。 私は先生が岡山天満屋の暮れの恒例行事として40年に渡り続けてこられた美術画廊を 天満屋様のご厚意により、隔年で受け継がせていただくことになりましたのに、 さまざまな事情で続けられなかったこと。 これは、自分自身とても残念に思っていることです。 いろんな想い出があります。 いろんな思いが込み上げてきます。 久米先生を、この時期に想い出すことができただけで私は大満足です。 こういう機会を与えて下さりありがとうございました。 |
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回顧展図録表表紙 |
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木原幸子が寄稿させて頂いたページ |
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久米小夜子先生にゆかりの方々が多くいらっしゃる中で、 先生との想い出を私も書かせて頂くのはとても光栄なことです。 先生と初めてお会いしたのは、昭和が終わろうとしていた年の12月。 天満屋岡山店にて初個展をお隣でさせて頂いた時でした。 その後何度もご一緒させて頂き、 また先生の偲ぶ会の時にもお隣で個展をさせて頂くという不思議なご縁でした。 私自身の個展にかけがえのない深い想い出を作って下さった方であり、 また、たくさんのお話もさせて頂きました。 ランプなどと共にお人形もお好きでしたが、 一度お気に入りのお人形の洋服を作らせて頂いたことがあります。 とても喜んでくださり、 最後にお会いした時にもそれを覚えていて下さって嬉しかったのを覚えています。 先生の存在そのものが、私には素敵な大人の女性という印象です。 天国でも大好きな絵をお描きでしょうか。 いつの日か、またお会いさせて下さい。 木原幸子 |
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