悲劇の大地9
「悲劇の大地」

「劉慶有副県長の挨拶(一部省略あり)」

方正県幹部との会談

 「方正県人民政府を代表して、岡山県の開拓団を尋ねる旅を心から歓迎します。日中戦争は、中国だけでなく、日本人民にも大きな災厄をもたらした。日本軍国主義者の敗北後、日本人孤児や婦人四千名が残された。中国人も貧しかったが、保護し引き取って育てた。残留孤児を育て上げ、残留婦人は結婚して円満な家庭を作った。日本が、侵略したことは、両国に被害をもたらした。開拓団員に、最も大きな被害をもたらした。方正県は、1963年に周恩来首相の許可を得て、死んだ日本人を祈念して日本人公墓を建てた。これは日本人民と軍国主義者をはっきり区別のする中国政府の政策を示している。

 中日国交回復以来、方正県と日本の友好は進んでいる。特に82年以後藤原先生が水稲技術を教えてくれた。これにより方正県の米の生産が飛躍的に伸び、全国にも広がった。

 方正県は岩手県、千葉県と友好関係を結んだ。政府のODAも行われるようになった。50周年の昨年は日本から多くの墓参があり、約800人を接待し、多くの寄付も頂いた。養父母公墓や長野県の中日友好碑も建てた。方正県は日本との友好を重視している。今後も日中交流を拡大して行きたい。

 方正県は改革開放以来変わった。山や水が豊かで美しいところである。80%が山で木材が豊かである。水田も多く、野菜も豊富であり、日本から四名の技術者がきて仕事をしている。これからも、日本政府や岡山県と友好を進めていきたい」


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